本当に欲しいものなんて、ないのかもしれない。

ある万年筆がどうしようもなく欲しかった。
喉から手がでるほど欲しかった。
デザインは言うことないし、
試し書きしたところ、書き心地も申し分ない。格もある。
まるで手だけリゾートにいるかのような万年筆だ。

しかし、予算の都合で、断腸の思いで諦めた。
一度火のついたほとばしった熱を抑えるのは、
とても簡単なことではなかった。
あくる日もあくる日も、ネットで写真を眺め、
レビューを読みあさり、体験談に憧れをもち、
うん、そうだよな、素晴らしいんだよな、
とその熱は冷めるどころか燃え盛っていった。

そんな火照った愛も、一ヶ月も過ぎれば、
一種の気の迷いだったかのように鎮火している。
いまでも、手に入れたい欲求はあるにはあるのだが、
あの時ほどの熱量は、もうない。

時間というのは、効果絶大の熱さまシートだ。
欲求を鎮めてくれる。そのとき思ったのは、
時がたっても熱が冷めないものこそ、
底から求めているものかもしれない、ということ。
だが、これまでの人生で長い間熱の冷めなかったものはなかった。
本当に欲しいものなんて、実はないのかもしれない。

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