2011年12月

映画館のヒジ掛けについて、思うこと。

ふつう、このタイトルだと、
ヒジ掛けの奪い合いの話など
をするのが定石ですが、
ちょっとちがった話をしたいと思います。

よくよく考えると、

ヒジ掛けの数は、座席の数より1つだけ多い。

ですよね。これは1列の場合です。
30列あれば、30ひじ掛けが多くなります。

「図解でわかるヒジ掛けの数」

○←座席 l←ヒジ掛け

l○l○l○l○l○l
○・・・5 l・・・6

l○l○l○l○l○l○l○l○l○l○l
○・・・10 l・・・11

l○l○l○l○l○l○l○l○l○l○l○l○l○l○l○l○l○l○l○l○l
○・・・15 l・・・16

もし1列で、イスとりゲームならぬ、
ヒジとりゲームをやったとしたら、
だれかひとりだけ2つゲットできる。
両ヒジをヒジ掛けに置くことができる。

むろん、これは、
ひとりが最低1つのヒジ掛けを手に入れる前提。

ところで、ヒジ掛けって何なんでしょう。

とりあえず、社長のイスには
ヒジ掛けがあるような気がします。
つまり、ヒジ掛けのついたイスは、
どんなひとでも社長になったような気分にさせる魔法のイス。

上京したてに、イスをさがしていたころ、
近所のリサイクルショップのギリシアの親父に
「ヒジ掛けなんていらないだろ?」
と言われたのを、ふと思い出しました。

イスとりゲームにくらべて、
まったく流行る気配のないヒジとりゲーム。
それは、どこか会社のようです。
「ヒジとヒジのぶつかりあい」から
だれかひとりが社長になる。

このように強引にブログをまとめるように、
強引にヒジ掛けをキープする。
そんな意志だけが、映画館のヒジ掛けを制するのです。

いやーほんと、ヒジ掛けっていいもんですねー。

シンデレラツリー。

どこにでもあるような
ふつうの木でも、
ある時期にさしかかると
キラキラのお星様や
ピカピカのリボンがくくりつけられ
魔法をかけられたように
キレイなキレイな木へと姿を変える。

クリスマスツリーは
シンデレラツリーでもあるのかな。

おいしいたべもの。

おいしいものは大好きだけれど、
ブランド牛のステーキだとか、
大トロのにぎりだとか、
三ツ星シェフのつくった
フレンチコースだとか、
そういった「おいしいもの」を
食べる機会は、そうそうないわけです。

そんな高いものじゃないと
おいしいものを食べたときに感じる
幸せの極致のようなものを
味わえないのかというと、
そんなこともないところが、
人間のすばらしいところだと思う。

いきなり大げさな話になりましたけど、
本当にそう思うのですよ。

たとえばね、きゅうりのぬか漬け。
古今東西を問わず、おふくろの味のひとつですが、
これだって高級料理に負けない喜びが
得られます。と少なくとも僕の舌は
もうしております。

新鮮なきゅうりと、手入れのされたぬか床。
それと、経験。

人間は平等だというのとおなじくらい、
人間の舌は平等だと言いたい。

新商品はどこへいった。

最近のコンビニには、
プライベートブランドの商品が
たくさん置いてあります。

安くて良いものが買えるのは
とてもうれしいことなので、
大歓迎なのですが、
ひとつ、疑問が生まれました。

新商品は、どこへいったのだろう。

もちろん、今でもあるにはあるのですが、
お店の広さは変わらずに、
プライベートブランドの商品が増えると
その分、他の商品が置けなくなるわけです。

新しいものを探しにコンビニへ行く。
という楽しみが少なくなるのは
ちょっと残念だなぁ。

新しいものしか置かない
新商品屋なんて店はないのだろうか。

ケツの穴の小さい男は、ケツも小さいと思う。

いま電車の席がふたつ空いている。
ひとつは、ぼくの右隣。
もうひとつは、向かい合わせのイケメンの左隣。

女の人が乗り込んできた。
ぼくの隣の席に座った。
500円をあげようかと思う。
いかんいかん。それは買収だ。
心の中でガッツポーズをしつつ、
文庫本に目を落とす。

ところで、ぼくの左隣の人は
なぜ1.5人分座ってるの?
表参道に着くまでに
体型を変えるのがムリなことくらい
ぼくにもわかってる。

でも、体型を変えられなくても、
体勢を変えることはできるよね。
もうちょい、日本人的な謙虚な姿勢、
体勢を、とれないものかと。

おや、よく見れば、
いちばんハシッコの
特等席であるにもかかわらず
完全には詰めてない。
何のための特等席なんだ。
もすこし、すがろうよ。

とか、みみっちいことを
いつまでも考えている私です。