ダジャレの衝動

なぜ人はダジャレを口にしてしまうのか。

その言葉を発した後の
場の空気を想像するのは
たやすいはずなのに。



ダジャレを言うのはだれじゃ。



・・・ほら、ね。

それでもやめられない。
言いたい衝動に駆られる。

なぜだろう。

思うに、ダジャレの価値を
面白い(笑える)かどうかで
決めているところが、
ダジャレの不幸の
はじまりなのではないか。

言うほうにとって、
面白いか、笑うかどうかは、
関係ないのである。

つまり「ものさし」が違うのだ。

ダジャレは、
ひらめいちゃった自分の
インテリジェンス的なものの
アピールである。

だから、思いついたら
言いたくてしょうがないし、
面白くないと言われても
ショックは受けない。
(ものさしが違うので。)

ダジャレを聞いて
少しイラッとすることがあるのは、
そのエゴイスティックなアピールを
無意識に感じ取っているから
かもしれない。

そんな時は、
「面白くないよ」ではなく、
「うまくないよ」と
言うことをお勧めします。
そのほうが、
はるかにダメージがありますから。