2011年07月

ダジャレの衝動

なぜ人はダジャレを口にしてしまうのか。

その言葉を発した後の
場の空気を想像するのは
たやすいはずなのに。



ダジャレを言うのはだれじゃ。



・・・ほら、ね。

それでもやめられない。
言いたい衝動に駆られる。

なぜだろう。

思うに、ダジャレの価値を
面白い(笑える)かどうかで
決めているところが、
ダジャレの不幸の
はじまりなのではないか。

言うほうにとって、
面白いか、笑うかどうかは、
関係ないのである。

つまり「ものさし」が違うのだ。

ダジャレは、
ひらめいちゃった自分の
インテリジェンス的なものの
アピールである。

だから、思いついたら
言いたくてしょうがないし、
面白くないと言われても
ショックは受けない。
(ものさしが違うので。)

ダジャレを聞いて
少しイラッとすることがあるのは、
そのエゴイスティックなアピールを
無意識に感じ取っているから
かもしれない。

そんな時は、
「面白くないよ」ではなく、
「うまくないよ」と
言うことをお勧めします。
そのほうが、
はるかにダメージがありますから。

PCは小指のためでもあ~る。

えんぴつで文字を書くとき、
野球でボールを投げるとき、
ドアをあけるとき、
料理をするとき、
何か物をつかむとき、
トイレットペーパーをくるくる巻くとき、
普通に生活をしていると、小指の出番はあまりない。

このままいったら、そのうち小指なんて
いらなくなってしまうんじゃないかってときにPCが登場。
ctrl+C!ctrl+V!ctrl+S!とか
小指が活躍する機会が大幅に増えた。
ことPCに関しては、エース級の働きをしてくれる小指。

PCは勉強や仕事をスムーズにしてくれたり
生活を一段と便利にしてくれるものでもあるけど、
人間の小指のためでもあったんじゃないかなーって思いました。

焼却炉(しょうきゃくろ)と山ちゃん

0点のテストは、マンガではよく出てくるが、
じっさいにはあまりお目にかかるチャンスがない。
10点満点の漢字テストなどで、
なんとか目にするレベルだと思う。

学校の思い出は、あまり覚えていない。
思い出そうとして思い出せるのは
10個くらいな気がする。
算数とか、黒板とか、
何かフックになるものがあると
少しは思い出せる。
「そうじ」もそのひとつだ。

そうじの時間はキライではなかった。
ゴミを焼却炉で燃やすのを
待っているのも好きだったし
ゴミを投入するのも好きだった。

小学校高学年のときだろうか。
焼却炉が、使われなくなった。
なんでも、ビニールを燃やすと、
ダイオキシンとかいう体に悪いものが
出るらしいから、もう燃やすのはやめよう
ということらしい。

いつかの図工の時間。
絵を描く授業で、外に出ているとき
ふと焼却炉の中が気になった。
あんなにメラメラと燃えて
煙をはき出していた焼却炉。
彼の体内には、いま何がひそんでいるだろうか。
そんな思いから、焼却炉の入口をあけてみた。

山ちゃんの0点のテストが出てきた。
6枚、出てきた。
小テストではない。100点満点のテスト。
せめて名前は、本名で書こうよ、山ちゃん。

世代が変われば、呼び名も変わる。

リンス
「シャンプーとおなじように
伸ばし棒で終わるあんたの勝ちだ。
あとは頼んだぞー。コンディショナー・・・」

チョッキ
「おれの分もシャツを抱きしめてくれ。ベスト・・・」

とっくり
「まさか亀に抜かれるとは。タートルネック・・・」

スパッツ
「ロビンソンは歌ってないぞ。レギンス・・・」

ジャンバー
「濁点の数は同じなんだがな。ブルゾン・・・」

リュックサック
「小さいツのポジショニング、パクったな。バックパック・・・」

睡眠時間は、アップデート時間。

記憶の整理整頓や、
ひらめきを与えてくれる睡眠時間。

寝る時間をけずればけずるほど、
仕事や勉強がたくさんできる。
自分をレベルアップさせることができる。
なんて乱暴に思っていたけど
毎日きちんと眠るということも
自分をバージョンアップさせることに
つながってるんですね。

そう思うと、寝る時間は
ちっともムダな時間じゃないんだなあと
思いました。