山で育ったわたしは、
約1時間かけて小学校に通った。
その日はなぜか
家でキャッチャーのポーズをとらずに
玄関をあとにした。
便意はつねに
便器のないところでやってくる。
さいしょはがんばってた。
ふんばらないように、がんばってた。
でもムリだった。
玄関をあとにして
40分くらい経過したときだった。
朝礼後、
担任の先生に告白すると、
保健室につれていかれ
白いブリーフをうけとった。
中学生のとき、またしても
ふんばってはならない場所で
ふんばってしまったわたし。
おなじ義務教育の範囲内なら、
おなじ教育をしてくれるのかもしれない。
保健室に行った。女子がいた。
白いブリーフの代わりに、
茶色いカットバンをもらった。
小学校の卒業式で受けとったのは、
卒業証書と羞恥心かもしれない。
(お食事中の方、これからお食事される方、ごめんなさい。)
2011年1月15日 1:55 AM |
カテゴリー:ぜんぶ, 3バカ日誌 : 長谷川哲士 |
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もし暦というものがなかったら、
新年を迎えても、366日目、367日目…589日目…4320日目というように
一日が積み重ねられていくだけの世界になる。
その世界には正月もないし、クリスマスもないし、誕生日もないし、
仕事のスケジュールも面倒になりそうだし、
たぶん不便で、つまらない世界だったと思います。
でも、暦のない世界には、同じ日がない。
たとえば、暦のある世界には、1/15は来年もやってくるけど、
暦のない世界にはそれがない。
だから「毎日の繰り返し」というより「新しい1日」という
度合いが強くなる気がします。
その結果、今より一日一日を大切に過ごしているかもしれない。
また、暦のない世界には、年齢がない。
だから、年齢に縛られることがなくなる。
先輩、後輩ともっと仲良くなれてたかもしれない。
それに、これはちょっと蛇足ですが、
昨年27歳になったぼくですが
27歳というのは、暦のない世界でいうと
生まれてから1万日がやってくる歳です。
生まれてから1万日。
なんだか誕生日よりお祝いしたくなります。
暦のある世界でよかったなと思いますが、
たまには暦のない世界の気持ちで、
暮らしてみるのもいいかもなあと思ったりしました。
12:00 AM |
カテゴリー:ぜんぶ, 3バカ日誌 : 木村泰斗 |
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