3バカ日誌 : 木村泰斗

登って充電。

山に登って地図を片手に歩き回って帰ってくると
一週間たまった毒素が汗となって
いっぺんに出てしまったような感じになれる。
そして、新しいエネルギーのようなものが
ふたたび体の中に溜まってくる。

寝ているだけが充電とは限らない。
好きなことをやっても充電になるのだ。

さて、新緑で満たされはじめたこの季節。
今週末は、どこの山へ行こう。

戦いのゴールデンウィーク。

ぼくという人間は、
虫にも虫の人生があると思うと、
無闇に殺生することができません。
たとえ自分の部屋に虫が出現しても、
なんとか外に逃がそうとします。

今夜も一匹のクモが現れました。
机の上でパソコン作業をしていたら、
机と接している壁(ぼくの目の前にある壁)に、
黒い物体がサササッと動くのを見つけます。
クモでした。
さいきん、顔と胸のあたりに
小さな腫れ物ができた原因がわかりました。
彼です。彼にちがいない。
今夜、決着を果たさねば
さらに無残な体になってしまう、と
ぼくはノコノコと現れた一匹のクモと
いまここで決着を果たす決意をします。

1stラウンド。ティッシュをサッと掴み、
彼を白い衣で覆うような攻撃に出ます。
しかし、空振り!
ぼくのティッシュは空を切り、
彼は姿をくらましました。
たぶん、机の下に逃げたのでしょう。
(机と壁の間にわずかな隙間がある)
ちくしょう。このまま奴が消えたままでは、
また寝ている間に攻撃される恐れがある。
そう思うと安心して眠れないじゃないか。
小さな不安を抱えたまま、作業に戻ると、
また現れました!彼です。

2ndラウンド。今度こそは逃すまい、と、
再びティッシュを手に取り、
タイミングを見計らって
クモを覆うように掴みます。
よし!捕まえたか!?
くるんだティッシュを窓の外へ持っていき、
逃がそうと中を開けるとどこにもいない!
彼の逃走スキルを侮っていました。
これまでぼくが対峙してきたクモとは
レベルが違うようです。

もうティッシュ攻撃は効かないと思い、
ペットボトルアタックに作戦を変更します。
ペットボトルアタック──ペットボトルの胴体の部分を
ハサミでカットし、円柱型の簡易容器を作り、
標的にアタック──なら、逃げ場のない攻撃ができる。
さあ、姿を現すんだ我がライバルよ。
しかし、待てど暮らせどやってこない。
なかば諦めかけていたその時!現れました!
壁をスタスタと優雅に移動する彼が。
なんども同じところに現れるということは、
ぼくのことなんてきっと眼中にないのでしょう。
ちくしょう、今にみておれ。

3rd ラウンド。先ほど用意した
ペットボトルを手に取り、目標を見定めます。
呼吸を整え、一点に集中。
そしていざペットボトルアタック発射!
見事に命中!透明の容器の中で、
彼が暴れまわっているのが見えます。
フハハハハ!どうだみたか!
もう片方の手でティッシュを掴み、
容器に白い衣の蓋をします。
これでどこにも逃げられない。
あとは窓の外へ手を伸ばし、
クモくんを野に放って試合終了。
勝利を手に入れました。
これで安心してふとんに入れるぜ。

気がつけば2時間くらい、
彼のことばかり考えていました。
この休みの間、
いちばん充実した時間だったかもしれません。
今年のゴールデンウィークの思い出は、
クモとの格闘でおわりそうです。

本は言葉の採集です。

僕にとって読書というものは、
言葉の採集の時間でもあります。
山菜を採りに山に出かけるように
言葉を採りに本に出かける。
そんな心持ちで本を開くことがある。

カリカチュア、位相、居丈高、
沈潜、欣快、たまゆら、吻合…

知らない言葉を見つけると、
頭の中の言葉のかごに摘んでいきます。

使える言葉が増えたって、
たいしていいことはありません。
採集した言葉を会話で
使うことは、そうありません。

でも、なんとなく、
ちょっといい大人に
変化していけるような気がします。

山という、自然の街。

山に入るとすれ違う生き物が、
人間から多種多様な生命群へと変わる。
ぼくは恥ずかしながら、
花の名前とか、虫の名前とか、鳥の名前とか、
木の名前とか、草の名前とか、詳しくわからないので、
彼らの名前をひとつひとつ挙げて
紹介するようなことはできないけれど、
それでもたくさんの生きものが、
生きていることはわかる。
山は、いろんな種が混在しているのだ。

そこに行くと感じるのですが、
ぼくは、人がたくさんいるところより、
生きものがたくさんいるところの方が
どうやら好きみたいです。
明確な理由はわからないけれど、
心も体もそっちを求めている。

だから、とくだん登山が
好きなわけではありませんが
山という自然の街がけっこう好きで、
週末は、そこに出かることもしばしば。

冬の後ろ姿が見えなくなったいま、
やっと山へ足を運びに行ける季節がやってきました。

今週末は奥高尾へ。
東京の街の桜は散ってしまいましたが、
自然の街の桜はこれからです。

春の朝。

朝陽が桜を煌煌と染めあげながらのぼりだすと、
光に当てられた花が彩りはじめる。
花々は朝の街の静けさを楽しみ、
春の鳥は枝にとまり口ずさんでいる。
雲は虚空の果てに流れ出し、
建造物の間を風が吹き抜けて、
ぼくを酔いの彼方に連れていく。
なんて気持ちのいい朝なんだろう。
夏にも、秋にも、冬にもない、瑞々しい朝が春にはある。

春になると胸が早鐘を打ちはじめるのは、
決して冬の終わりが来たからだけではない。
こういう朝があるからだ。