ぼくは、ぼくの手を差別していた。

右利きのぼくは、
何をするにも右手を使うことが多かった。
その方がスムーズにことが運ぶことが多いからだ。
字を書くときも、ごはんを食べるときも、
スマホを使うときも、右手を使っていた。
もう一つの手の存在を忘れていたように、
腕時計さえも、右手につけていた。

そんな生活をしていたある日、
突然、稲妻に打たれたみたいに、
左手のことを考えはじめました。
この手もぼくという存在の一部なのに、
日陰に当たりすぎているのではないか。
右手とのバランスを考えたら、
7:3くらいの比率になっている。
右手に頼りすぎだ。
左手を頼らないのもかわいそうだ。
この手を使いこなせるのは、ぼくしかいないのに。
もっと、左手を使おう。
それから、意識的に左手を使うようにしています。
スマホはもちろん、ごはんも左手で食べています。
5:5は難しくても、6:4の割合は目指したい。

左手を使うようになったからといって、
脳が刺激され頭が良くなったとか、
とくにいいことが起きたわけでもありません。
ただただ、この体のみんなで、力を合わせて生きていきたい。
いまは、そう思っています。

電子の本に変えたら、読む量が変わった。

昨年、心から買ったよかったと思ったモノが
kindle paperwhiteです。
この電子の本を手に入れてから、
ぼくの読書量はぐんと増えたと思います。

なぜ増えたのか、その1
1分の待ち時間が読書時間になる。
片手で読める持ちやすさ、
すぐに開ける手軽さから、
たとえば電車の待ち時間でさえも、
読書の時間に変わりました。

なぜ増えたのか、その2
本のザッピングができるから、読書に飽きない。
大量の本を持ち歩けるので、
飽きたら違う本に変えられます。
小説に飽きたら、エッセイへ。
エッセイに飽きたら、ビジネス本へ。
いろんな世界を自由に飛びまわれる。
だから、本に飽きても、読書には飽きません。

なぜ増えたのか、その3
電子の本屋にも偶然の出会いはある。
kindleでは「月替わりセール」と「日替わりセール」があります。
50%オフや、80%オフなんて時もあります。
ときどき「本屋さんには偶然の出会いがある」
という言葉を聞きますが、kindleにも偶然の出会いはあります。
セール本を巡っていると思いもよらない本との邂逅があるのです。
しかもびっくりするような割引価格で。

なぜ増えたのか、その4
本の知が、自分の血になりやすい。
紙の本では赤線を引いた箇所を
パソコンやノートに書き写すのが面倒で、
だいたいいつも途中で筆を止めていました。
でも、kindleではメモした箇所を
すぐに表示できるサービスがあります。
なのでラクにテキスト保存ができ、
すぐに見返せるようになりました。

紙の本は嫌いではありません。
いまでもたまに手に取ると、
紙の温もりはいいなあと思います。
この優しい感じは、電子の本にはまだないです。
でも、もう戻れません。
それくらい電子の本は読書の世界を変えてくれました。

基本を磨いた方がうまくなる。

暮れの話になります。
忘年会で披露するために「恋ダンス」の練習を
人も寝静まった夜中に懸命に行っていました。

で、その練習中にひとつ気づいたことがあります。
それは、基本的な動作を覚えてからアレンジは始まる、
ということ。
いきなりアレンジをいれてカッコよく踊ろうとしてはダメ。
型の崩れた見るに堪えないダンスになってしまう。
まずは、基本です。基本の踊りを体で覚えていれば
余裕が生まれ、振付を変える余裕も生まれる。
アレンジのベースに基本の形が残っていれば、
踊りの調子を変えても、キレイに見えるのだ。

これは、なにもダンスに限ったことではなく、
いろんなことに当てはまることだと思います。
まずはしっかりと基本を身につける。
わかっていたことだけど、
体で感じたことでもっとわかりました。

今年は、まずは、確固たる基本を築いていきたい。

東京の夜は、空より、地面の方が光っている。

昼ごはんを食べに行った帰り、
いつも持ち歩くノートにつけていた
ピンバッジを落としました。

気に入っていたものだったので
このまま見捨てる気にはなれません。
仕事帰り、落としたと思われるルートを辿ってみます。

ふだん以上に下を見ながら
ゆっくりした足取りで進んでいると、
キラン、と光る物体を発見。
あ、あれかも!
淡い期待を胸に顔を近づけてよく見るも、なんだかちがう。
落ち込む暇もなく、またすぐキラッと光るものを発見。
あ、あれか!うーん、これもちがった。
その正体のほとんどは、飴やガムの包み紙。
紛らわしいほどにそれらで地面がきらきらしています。

結局、探し物は見つかりませんでした。
僕のバッジもどこかで地上の星になっているのでしょう。

人類みな同級生のお店。

その定食屋は大きな店ではありません。
6畳くらいの小さなお店で、
10人も入れば満席です。
料理は美味しいけれど、
喧伝するほどのものではない。
それでも毎日のように足が向く定食屋があります。

いちばんの理由は、
マスターのおばちゃんとお客さん。
僕と倍くらい歳が離れているおばちゃんや、
年齢も、性別も、職業も、ばらばらのお客さんたち。
損得の関係はなんにもなく、
肩書きを脱いだただの人が集まっている。
漂うのは放課後のようなワイワイ感。
みんな同じクラスの生徒のような感じで、
お昼が楽しい時間になっています。

人類みな同級生。
そういう場所が僕はいちばん好きです。